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2011年11月20日 (日)

なんという一年だろう、と思うのですよ

また、暗い、自己憐憫のドツボの中にいる独り言です。人様の役に立つ話ではありません。書くことによって、自分が落ち着きたいだけなのです。

光陰矢のごとし、歳をとると月日の経つのはあっという間です。20年一緒に暮らしていた猫、だだが逝って3ヶ月。独りでいると突然に嗚咽がこみ上げてくるようなことは、ようやくなくなってきました。でもね、玄関を開けると、まだそこに猫が寝ているような気がしてしまうのですよ。

先日、他界した叔母は、長く伏せっていましたんですが、亡くなるしばらく前に言うとったそうです。80年以上も生きてきたが、夢のようやったなあ、とね。楽しかったなあ、とね。

楽しいことばかりの80年であったはずがありません。幼い頃に母を亡くし、戦争中の苦しい時代を、水道もないような山奥の村で、母代わりに兄弟たちを育て、壮年の頃には祖父の介護に明け暮れ、晩年は一緒に暮らしていた孫が、アルコール依存症で人を死なせるような事故を起こし、娘夫婦は経営していた会社が破綻し、家も失いました。楽しいことばかりであったはずがないのであります。

それでもね。亡くなる間際には、家族やら親族やらが枕元に駆けつけて見送りました。叔母はそういう人でありました。駆けつけられるような人生を送っていたのでありましょう。いろいろとあった中を、楽しかったなあ、夢のようやったなあと、言葉にするような生き方をしてきたのでしょう。

20111010_102041_p1030168感傷的になっております。実はこの頃、家にただ1匹残った老チビ猫の体調が良くなくてです。また、いろいろと考えてしまうのです。

この老チビ猫、といっても先日亡くした猫よりは相当若い。今年15歳くらいのはずです。拾った猫です。家の前をうろうろしている子猫がいましてね、酷く警戒心が強い。よく見ると左の後ろ足先が怪我をしている。すぐに隠れてしまうのでよく見えないが、おそらく足の先がない。なにかで切断されたようです。野良で怪我をした子猫、そう長くは生きないだろうなあ、イヤだなあ、見ちゃったなあ。しかし、見ちゃって、気になってる自分がいる以上、そのままにしておくのもイヤだなあ。そう思いましてね、捕獲を決意しました。

怪我をしているせいか、それはそれは警戒心が強い。もとより野良猫です。餌で気を引きつつ布袋に放り込む、という作戦を立てましたが、これがまた大変な抵抗をされまして、押さえた方の手が血だらけになりました。もちろん私の血であります。

とりあえず病院に連れて行かねば、ということで、いつも行っていた近所の小さな動物医院に行きましたが、手術する施設もなくできない、ということでありましたので、どこに行けばいいのか途方にくれました。結局のところ、家より2時間ほど離れた大学付属の動物病院にまで連れて行くことにしたのですが、さて15年も前の話だったのでそれがどこだったか。とにかく診断の結果、骨が切断されているので、脚を残して中途の長さにすると、動物ですのでね、またそこを使うことで悪化させる、大腿から切断する、ということになったのです。

まあ、仕方ない。思い切った処置ですが、適当に連れて行った病院ではない、大学付属の病院です。そんなお医者さんが言うんだから、間違いはないだろうとね。それはもう信じてお任せするしかない。

それにしてもたいそうな手術です。しかし、猫は無事に生き残りました。ただ、酷く警戒心の強い性格もまた、残りました。触ってやると喉を鳴らしてゴロゴロ言うのですが、次の瞬間シャーッと威嚇音を出して、爪を立てたり、噛んだりします。恐ろしいことこの上ない。手加減しませんからな。

構ってやりたくても構ってやれない。それにもう一匹の主がいましたんで、チビ猫を構ってやると必ず主がやってくる。主もね、一匹だけ可愛がられていたところに、突然凶暴なチビ猫が入ってきたんですから、心中穏やかならぬものがあったはずです。まあ、猫に心があるとして、ですが。それでもね、5年10年と過ごすうちに、徐々に我が家の猫となっていったのです。とはいえ、抱っこされるのもそれほど好きにはなりませんでしたけどね。

20111010_101907_p1030161しかし、後脚が一本ないわけですから、それはそれで体に負担はかかっているでしょう。本人は、もう当然としか捉えていないわけですが、端から見ると大変だなあ、段差があっても大変だろうなあ、と猫用の階段が家の中、あっちこっちに設置されています。人間にとっては大変に邪魔くさい。しかし、人は我慢できますが、脚のない猫には我慢ができない。そういうことであります。

粗相の多い猫であります。先住猫「だだ」が苦手でストレスが溜るのか、わざとのように度々ベッドの上に尿や便をします。食べたものを吐き戻すことも日常茶飯事でありました。

けれど、呼ぶと目をまん丸くして、にゃあ、と鳴くのです。触ってもいいかい、と聞くと、目を細めて、にゃ、と返事をするのです。家に戻ってきたときに、玄関まで迎えに来るのです。ご飯を食べるかい、と声をかけると、一本しかない後ろ足を弾ませて走ってきて、足下に座るのです。

老チビ猫は、さくらという名前でした。けれど、大吉という名前の猫をいつしかだだ、と呼ぶようになったように、さくらは「たく」と呼ぶようになっておりました。「たくちゅ」とも呼んでおりました。

P1020677たくちゅは、奥さんのことが大好きな猫でした。だだがいつも私の後をついて回ったように、たくちゅは奥さんの後をいつも追っていました。だだが逝ってようやく、のんびりと好き放題にくつろぐ様子も見せておりました。我が家のたった一匹の猫となったたくちゅは、好きなときに好きな食事を取れるようになりました。老猫でありますし、もとより脚が一本ない。そうそう長生きのできるような猫ではなかったのです。

だだが逝った頃、すでにたくちゅも痩せ始めておりました。ああ、ひょっとすると、たくちゅもそう長くはないのかもしれないなあ、そう覚悟をしてはいたのです。それでも、三本脚で、にゃあと鳴いて、跳ねて駆け寄ってくるたくちゅを見てると、もう1年、もう2年は生きてくれるかなあ、と希望をもっていたのです。

それが。どうにもいけない。このところ少しずつ食が細くなっておりましたが、とうとう食事をとらなくなりました。まだ水は飲んでおりますが、マグロも鰺も、牛肉も、鶏肉も、大好きだったサーモンも舐めるだけで、入っていません。いつも寝ていた場所でなく、ベッドの上にだらりと体を伸ばし横たわっております。呼んでも返事をしません。おそらくはトイレに行く感覚もなくなっていたのでしょう、ベッドの上で尿をしていました。

別れを、覚悟しています。別れることは覚悟しました。いや、覚悟ではない、諦めたというしかない。いや、諦めたと言えるほど、受け入れたわけではない。

二年ほど前の定期検診から、白血球の数値が異状だと言われていました。ただ、どうにも原因が分からない。おそらくは脳に問題があるのだろうけれど、では頭蓋を開いて原因を究明して、それで治療ができるものかどうか、さてわからない。そういうものなのです。今、病院に連れて行き、点滴で水分と栄養を補給すれば、1週間や2週間は生きられるのではないか、と思います。しかし、投薬ではない。すでに衰えた内臓や脳が、治療できるわけではない。改善するわけではない。引き延ばすだけです。

それでもなお生きていて欲しいから、点滴を受けさせる、という選択肢もあるのでしょう。ですが、私はそれをしない。たぶん、もうすぐ、おそらくは1週間ほどで、たくちゅもこの世界からいなくなってしまいます。だだと同じように。胃が痛い。心が痛い。苦しい。だだがいなくなったのに、なぜたくちゅもいなくなるのか。生きる、ということは、なんでありましょうなあ。答えなどないことがわかっているのに、問わずにはいられない。それが人であると言うことでありましょう。

来週の更新がなかったら、ああ、何事かあっただろうなあと、そう思っていただければありがたい。

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